愛知今伊勢道院では、
一宮市で子どもから社会人まで
多くの拳士が少林寺拳法の修練に励んでいます。

その日の修練を通して指導者として感じたことを、子どもの成長や武道教育の視点から、
短いメッセージでお届けします。
 

努力しても、思い通りにならないことがあります。がんばっても結果が出ないこともあれば、自分の力ではどうにもならない現実に直面することもあります。
そんな時に大切なのは、「あきらめる」ことではなく、「受け入れる」ことです。できなかった自分や弱さのある自分も認めたうえで、「今の自分にできることは何だろう」と考え、もう一度前を向く。
少林寺拳法の修練も同じです。思うようにいかない日があっても、自分と向き合い、一歩ずつ積み重ねることで、人は成長していきます。
強さとは、思い通りにならない現実を受け入れ、それでも再び歩き始められる力ではないでしょうか。

七夕の短冊には、願い事を書きます。「○○になりたい」「○○ができますように」。
もちろん願いを込めることは素敵なことです。でも、その願いは誰かに叶えてもらうためだけのものではありません。
「どんな自分になりたいのか。」「そのために、今日から何を始めるのか。」
願いを書くことは、自分自身に問いかける時間でもあります。その想いを言葉にして、自分自身と約束する日なのかもしれません。目標を立て、一歩ずつ努力を積み重ねる。その積み重ねが、いつしか「願い」を「現実」へと変えていきます。願いは待つものではなく、自らの歩みで近づいていくもの。
今年の七夕は、そんな願いを短冊に書いてみませんか。

演武を見ていると、不思議なことがあります。
技のキレや正確さだけでなく、「この人はどれだけ稽古を積み重ねてきたのだろう」ということまで、どこか伝わってくるのです。近道を探して身につけた技と、汗を流し、一つひとつ段階を踏んで磨いた技。その違いは、演武の美しさや落ち着き、自信となって表れます。
だからこそ私たちは、結果だけを追い求めません。楽をすることよりも、地道な積み重ねを大切にする。昨日より少し成長した自分を積み重ねる。
その「見えない努力」こそが、人の心を動かす本当の力になると信じています。

子どもが初めて「おつかい」に挑戦するテレビ番組があります。
勇気を出して一歩を踏み出し、少しずつ成長していく姿に、多くの人が心を動かされます。もし親が「まだ未熟だから」と挑戦させなければ、成長は生まれません。反対にすべてを指示してしまっても、自分で考える力や意欲は育ちません。
少林寺拳法の指導も同じです。
拳士の力を信じ、多少の失敗は成長の一部と考える。大きなケガだけは防ぎながら、小さな挑戦は任せ、必要な時だけそっと支える。
信じて、任せて、やらせてみる。その積み重ねが自分で考え、判断し、前へ進む力を育てます。失敗は成長の反対ではありません。成長への通過点です。

昨日できなかったことが、今日できるようになる。
子どもの成長は、そんな分かりやすい変化ばかりではありません。あきらめずに続けたこと。悔しい思いを乗り越えたこと。そうした一つひとつの積み重ねは、確実に子どもたちの力になっています。そして、そんな時間があるからこそ、できるようになった時の喜びも大きくなります。
その時は意味がないように思えたことが、後になって大きな力になることもあります。今はまだ結果が見えなくても大丈夫。私たちは、結果だけでなく、その過程を大切に見守っていきたいと思います。

風が吹くと、旗は風に合わせてなびきます。もし旗が「絶対に動かない!」と頑張ったら、破れてしまうかもしれません。
人も同じです。嫌なことがあったとき、変化が起きたとき、全部を力で押し返そうとすると苦しくなります。大切なのは、状況を受け止めて、今できることを考えること。柔軟な人ほど折れません。
少林寺拳法にも、相手の力に正面からぶつかるのではなく、受け流しながら活かす考え方があります。本当に強い人は、何でも力で押し切る人ではありません。変化に対応できる人です。

大人になると、仕事や家庭など、乗り越えなければならない場面がたくさんあります。目の前のことに全力を注ぐのは大切です。しかし、いざという時に力を発揮できるよう、自分自身を見つめ直す時間も欠かせません。
少林寺拳法の修練には、そんな時間があります。仲間とともに汗を流し、技を磨く。呼吸を整え、心を落ち着かせる。その積み重ねが、日々の疲れや迷いをリセットし、また前へ進む力を与えてくれます。
時には、ただ頑張り続けることだけが前進ではありません。自分の心と身体のバランスを整えながら、長く力を発揮し続けられる自分を育てることも大切です。
少林寺拳法は、強さを身につけるだけでなく、自分のエネルギーを整え、育てる場でもあります。

「相手が変わってくれたらいいのに」そう思うことは、誰にでもあります。でも、少林寺拳法の修練を通じて学ぶのは、「まず自分が変わること」の大切さです。うまくいかない時ほど、「自分にできることは何だろう」と考える。姿勢を見直す。話の聴き方を変えてみる。相手への接し方を変えてみる。
それは、自分を押し殺すことではありません。より良い関係を築くために、自分にできることから始めるということです。
ほんの少し自分が変わるだけで、周りとの関係も少しずつ変わり始めます。子どもたちにも、環境や誰かのせいにするのではなく、自分にできることを考えられる人に育ってほしいと思っています。