愛知今伊勢道院では、
一宮市で子どもから社会人まで
多くの拳士が少林寺拳法の修練に励んでいます。

その日の修練を通して指導者として感じたことを、子どもの成長や武道教育の視点から、
短いメッセージでお届けします。
 

楽をして上手くなることはありません。でも、楽しみながら上達することはできます。
ただし、ここで大切にしたいことがあります。努力や苦労から目を背けてしまうと、本当の「楽しさ」にはたどり着けないということです。
真剣に技と向き合い、うまくいかない壁にぶつかりながらも、どうすればできるかを考え続ける。その積み重ねが、できなかったことを「できる」に変えていきます。その瞬間に、子どもたちは心からの達成感と楽しさを味わいます。
一生懸命取り組む中にある、本当の面白さ。私たちは、そんな「質の高い楽しさ」を大切にしています。

今、道場では昇級審査に向けて、白帯拳士たちが一生懸命に稽古に励んでいます。
さっきまでできなかった動きが、稽古が終わる頃には、ふとできるようになっている。そんな「小さな成長」が、あちこちで生まれています。
たとえ一歩ずつであっても、昨日までの自分を超えていく。その変化こそが、今日、道場へ足を運んだ本当の意味。
大きな目標に向かって、小さな「できた!」を積み重ねていく。 その喜びを知った拳士たちの目は、自信に満ちた輝きを放っています。

少林寺拳法を通じて、かけがえのない仲間と出会い、共に汗を流す。その積み重ねの中で、たくさんの充実感を得てきました。日々の修練は、技を磨くだけでなく、人生を豊かにする学びを与えてくれます。
この道場が、通う一人ひとりにとって、明日への力になる場所でありたい。そして、なくてはならない「居場所」であり続けたいと願っています。
一人ひとりが主役になれる場所。悩みがあれば分かち合い、喜びがあれば共に笑う。そんな温かなつながりを、これからも大切に育み、広げていきます。

先輩が後輩に寄り添って教え、その姿を見て育った後輩が、また次の後輩を支える。
道場には、そんな自然な「助け合い」の光景が、当たり前のようにあります。
自分だけが上手くなればいい、のではありません。仲間と向き合い、二人一組で汗を流す。相手を思いやりながら技を磨き合う時間は、一人の練習では得られない成長をもたらしてくれます。
誰かのために、という想いを胸に。共に高め合う仲間がいるからこそ、もっと強くなれるのです。

道場では、突きや蹴りの基本を何度も繰り返します。その中で、ふと動きを止めて「今の突き方、どうだったかな?」と考える子どもたちの姿がありました。ただ数をこなすのではなく、ひとつひとつを確かめながら。
同じ繰り返しでも、昨日と同じにはしない。
技術や数だけを追い求めても、本当の成長にはつながりません。「なぜ?」「どうすれば?」と考える、その積み重ねが、少しずつ自分を昨日より高い場所へと引き上げていきます。

最初はぎこちなかった白帯の拳士たちが、今では堂々と基本稽古をこなしています。 真剣な眼差しで突きや蹴りを繰り返す姿に、積み重ねてきた時間の重さを感じました。
大抵のことは、慣れれば誰でもできます。 挑戦することが、自分自身を成長させてくれる。 少林寺拳法に限らず、何事もまずは一歩踏み出し、挑戦し続けてください。
「昨日できなかったことが、今日できる」。 その小さな成功の積み重ねが、揺るぎない自信へとつながっていきます。

新しい技に挑戦して、思うように動けず立ち止まってしまう子がいました。
「まずは、この足の運びだけやってみよう」と声をかける。小さな「できる」を積み重ねるうちに緊張が解け、動きにリズムが戻ってきました。
できないことではなく、まずできることに目を向けてみる。できることには早く取り掛かり、失敗から課題を得ることが成功への近道のように思います。

体が大きい子、すばしっこい子、いつも慎重な子。自分と違う相手と技を掛け合うからこそ、新しい気づきが生まれます。「そうか、こう動けばいいんだ」と、お互いの良さを認め、学び合うやり取りが印象的でした。
自分と違うからこそ、相手から学べることがある。そんなふうに相手を尊重できると、可能性はぐっと広がります。修練を通して、これからの時代に必要な「共に生きる力」を磨きます。